16歳で社会に出た子供たちの現実と可能性

児童養護施設で働いていた頃、退所する子たちの表情を今でもよく覚えています。フリーライターの西村彩花です。大学で社会福祉学を学んだあと、児童養護施設で5年間、子どもたちと生活を共にしました。現在は子育て・教育・女性のキャリアをテーマに執筆しています。2児の母でもあります。

16歳で社会に飛び出す。そう聞くと、多くの人は「大変そう」「今どきそんな子いるの?」と思うかもしれません。でも実際には、さまざまな事情で10代半ばから自分の力で生きていく若者が、この国にはたくさんいます。

この記事では、早くに社会に出た子供たちがどんな現実に直面し、どんな可能性を持っているのか。データと実例をもとにお伝えします。厳しい話もしますが、希望の話もします。最後まで読んでいただければ、見える景色が少し変わるはずです。

16歳で社会に出るとはどういうことか

義務教育終了後に広がる、見えにくい分岐点

日本の義務教育は中学校までの9年間。中学を卒業した15歳の春、ほとんどの子供は高校へ進学します。文部科学省の調査で、高校進学率は98%を超えています。

残りの2%弱。中学卒業後に就職したり、高校に進学しても途中で辞めて社会に出る子供たちは、統計上は少数派です。ただ、「少数」であることと「存在しない」ことはまったく違います。令和6年度の高校中退者は44,571人。年間でこれだけの若者が、学校を離れて別の道を歩き始めています。

中退の理由はさまざまです。経済的な事情、家庭環境の問題、学校生活へのなじめなさ、あるいは「早く働きたい」という前向きな動機もあります。ひとくくりに語れるものではありませんが、共通しているのは、同世代の多くが教室にいる時間帯に、すでに社会の中で自分の居場所を探し始めているという事実です。

法律上はどこまで働けるのか

労働基準法では、年齢によって働ける範囲が細かく決められています。

年齢区分就労の可否と制限
15歳未満(中学卒業前)原則として就労禁止
15歳(中学卒業後)〜17歳就労可能。ただし残業・深夜労働・危険業務は禁止
18歳以上年少者としての制限が解除される

16歳で働くこと自体は違法ではありません。ただし深夜10時以降の仕事はできず、残業もさせられない。働ける職種にも制限があります。中小企業基盤整備機構が運営するJ-Net21の「年少者の雇用」に、年少者の就労制限が詳しくまとめられています。

法律は16歳の就労を認めてはいるものの、大人と同じ条件では働けない。スタート地点からハンデがある状態です。

データで見る「早くに社会に出た子供たち」の現実

中卒・高校中退者の就職事情

数字を見ると、現実はなかなか厳しいものがあります。

  • 中卒者の正社員就職率は約35%。大卒の約87%と比べると半分以下
  • 高校中退直後に正社員として就職できる割合はわずか約6.5%
  • 中卒と大卒では、生涯年収に約7,000万円の差がある(独立行政法人労働政策研究・研修機構の推計)

求人そのものが少なく、あっても単純労働が中心になりがちです。昇給のスピードも遅い傾向にあります。もちろんこれは平均値の話であって、個人の努力や環境によって大きく変わります。ただ、構造的に不利な立場に置かれやすいのは事実です。

児童養護施設を退所した若者が直面する「18歳の壁」

16歳で社会に出る子供たちの中でも、とりわけ厳しい状況に置かれがちなのが児童養護施設の退所者です。

こども家庭庁の公開資料によると、児童養護施設に入所している子供の約72%は虐待を受けた経験があり、約43%が何らかの障害を抱えています。家庭に戻れない事情を持つ子供たちが、原則として18歳で施設を出なければならない。これが「18歳の壁」と呼ばれる問題です。

退所した若者たちの状況を見ると、問題の深刻さがわかります。

  • 施設出身者の大学等進学率は25.3%(全国平均62.3%の約40%)
  • 正規雇用率は47.8%にとどまり、非正規が49.5%
  • 就いた仕事を1年未満で辞める割合は42.9%
  • 経済的理由で病院に行けなかった人は20.4%

住まい、お金、仕事、健康。どれかひとつでも崩れると、すべてが連鎖的に崩れていきます。頼れる家族がいない若者にとっては、失敗してやり直す余裕がほとんどありません。

施設で働いていた頃、退所を控えた高校3年生が「保証人になってくれる人がいない」と困っていたのを覚えています。アパートの契約ひとつとっても、家族のいない若者には壁がある。こうした「見えにくい困難」が、数字の裏側にはいくつも積み重なっています。

進学率の格差は縮まりつつあるが

明るいデータもあります。施設出身者の4年制大学進学率は2016年の15.5%から2022年には29.3%まで上昇しました。東京都の調査では、退所直後の進路で「進学」が「就職」を初めて上回ったという結果も出ています。

ただし、大学に入っても中退率が高い(入学4年後で27.5%)という課題は残っています。学費だけでなく生活全般を自分で賄わなければならないことが、学業の継続を難しくしています。

それでも道を切り拓いた人たちの話

統計は「全体の傾向」を示すものであって、個人の未来を決めるものではありません。16歳、あるいは10代で社会に飛び出し、自分の力で道を切り拓いた人たちは確かに存在します。

たかの友梨 ─ 16歳から始まった美容人生

エステティック業界のパイオニアとして知られるたかの友梨さんの出発点は、16歳で理容店に住み込みで働き始めたところにあります。

1948年、新潟県に生まれたたかの友梨さんは、複雑な家庭環境の中で幼少期を過ごしました。幼くして養子に出され、複数の家庭を転々とした末に、群馬県で祖母に育てられます。15歳のとき、戸籍謄本を見て初めて自分が養子だと知りました。16歳になると義母と祖母の勧めで理容学校へ入学。「どうせやるなら日本一の理容師になる」と心に決め、定時制高校に通いながら腕を磨きました。

その後、理容師から美容師、ビューティーアドバイザーへとキャリアを転換していきます。電車の窓に映った自分の肌荒れを見て「このままではいけない」と感じたことが、美容の世界への転機になったそうです。1972年にはフランスへ単身渡航。あいさつ程度のフランス語しか話せない状態で、当時日本にはなかった「エステティック」を8ヶ月かけて学びました。

帰国後は、パリから持ち帰った技術を応用して家庭用美顔器「ヴィッキー」を開発・販売。この美顔器の「使い方がわからない」という購入者の声に応えて施術サービスを始めたことが、エステサロン事業の原点になりました。1978年には東京・青山で日本初の総合エステサロン「たかの友梨ビューティクリニック」を開業。現在、株式会社不二ビューティとして全国70店舗を展開する企業に成長しています。

たかの友梨さんが特筆すべきなのは、自身の経験を社会貢献に結びつけている点です。群馬県の児童養護施設「鐘の鳴る丘 少年の家」の後援会長として長年にわたり支援を続けており、2019年には西日本豪雨への私財寄附が評価され紺綬褒章を受章しています。

たかの友梨の子供時代から現在までの軌跡をまとめた記事では、養子として育った境遇から美容業界を切り拓くまでのストーリーが詳しく紹介されています。壮絶な幼少期を経て社会に出たひとりの人間が、何を考え、どう行動したのか。そこにはデータだけでは見えてこない「人の力」があります。

10代で社会に出て道を切り拓いた起業家たち

たかの友梨さん以外にも、若くして社会に出た後にビジネスの世界で成果を上げた人物がいます。

ネクシィーズ創業者の近藤太香巳さんは、高校中退後18歳で訪問販売会社に就職。19歳で50万円を元手に起業し、34歳でナスダック上場を果たしました。アドウェイズCEOの岡村陽久さんは、高校を入学2ヶ月で中退し、16歳で訪問販売のトップ営業マンに。その後インターネット広告事業で東証マザーズ上場を達成しています。CAMPFIRE創業者の家入一真さんも、いじめで高校を中退した後に22歳で起業し、当時最年少でJASDAQ上場を成し遂げました。

共通しているのは、「学歴がないから成功した」のではなく、「早く社会に出たことで得た経験を、自分なりの武器にした」という点です。現場で鍛えられた行動力や、逆境で培った粘り強さが、結果的にキャリアの土台になっています。

「可能性」を支える仕組みは広がっている

厳しい現実がある一方で、支援の仕組みは少しずつ整備されてきています。

2024年の児童福祉法改正で変わったこと

2024年4月に施行された改正児童福祉法では、大きな転換がありました。

  • 施設退所の基準が「年齢」から「自立の可否」に変更された
  • 必要に応じて22歳まで施設に留まれるようになった
  • 各都道府県にケアリーバー(施設退所者)の実情把握と支援が義務づけられた

「18歳になったら出なければならない」というルールが見直されたこと。これは大きな一歩です。

自立援助ホームとアフターケア事業

自立援助ホームは、義務教育終了後の15歳から22歳未満の若者が入居し、働きながら自立を目指す住まいです。2024年10月時点で全国369か所に設置され、1,465人が生活しています。

退所後の支援(アフターケア事業)も拡充されています。生活費の工面、就職活動のサポート、住居探しの相談など、退所した若者が「困ったときに駆け込める場所」が各地に設けられるようになりました。かつては退所した瞬間に支援が途切れるケースが多かったことを考えると、着実な前進です。

NPOによる伴走型の支援

行政だけでなく、民間の支援も広がっています。認定NPO法人ブリッジフォースマイルは、一人暮らし準備プログラムやメンターによる伴走支援など、退所前後の若者に寄り添った活動を展開しています。全国児童養護施設協議会による情報発信や、子どもの声を代弁するアドボカシー活動も進んでいます。

早くに社会に出ることのメリットとデメリット

最後に、16歳前後で社会に出ることの両面を整理しておきます。

観点メリットデメリット
経験実社会での経験値を早く積める失敗した場合のリカバリーが難しい
スキル現場で鍛えられた実務力が身につく求人の選択肢が非常に限られる
経済面早くから収入を得て自立できる生涯年収に大きな格差が生じやすい
精神面自分で決めて生きる力が育つ孤立しやすく、頼れる人が少ない

大切なのは、どちらが良い・悪いではなく、早くに社会に出る子供たちが「選べる状態にあるかどうか」です。

たかの友梨さんの場合、16歳で理容の道に入ったのは義母や祖母の勧めがきっかけでした。でもそこから先、美容師への転身もフランス渡航も起業も、すべて自分の意思で選び取っています。「最初の一歩が自分の選択でなくても、その後の道は自分でつくれる」という事実は、同じような境遇にいる若者にとって希望になるはずです。

やむを得ない事情で社会に出た子供にも、途中から学び直したり方向転換したりできる社会であってほしい。施設で子どもたちと過ごした経験から、そう強く思っています。

まとめ

16歳で社会に出た子供たちの現実は、データで見ると厳しいものがあります。正社員就職率の低さ、進学率の格差、「18歳の壁」。構造的な不利は確かに存在しています。

一方で、たかの友梨さんのように16歳から働き始め、自分の手で人生を切り拓いた人もいます。2024年の法改正や支援団体の広がりなど、仕組みも少しずつ変わってきました。

私が児童養護施設で一緒に過ごした子どもたちは、みんな笑顔がすてきで、たくましくて、でもどこかで不安を抱えていました。あの子たちが今どうしているかを、時々考えます。この記事が、若くして社会に出た、あるいはこれから出ようとしている誰かの参考になれば幸いです。

最終更新日 2026年6月16日 by iccimm